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昭和の車 4 マツダキャロル [旧車]

 当時、福岡市に住んでいた事もあり、東洋工業(広島県)のキャロルも結構、町で見かけました。確か、車体価格は生産工場からの距離に応じて上下していたので、東洋工業の車はトヨタや日産に比べ、割安感がありましたね。


1962年(昭和37年)に発売され、確か4サイクル水冷エンジンの直4で、他の軽自動車が2気筒空冷2サイクルが多い中で、水冷直4はキャロルだけだったと思います。

carol.jpg

外観的にはリアの形状が独特で(たしかクリフカットと表現されていた?)、「ぜっぺき頭」と云われていました。


この車には中々乗る機会が無かったのですが、それから5年後の昭和42年に先輩がキャロルの中古車を購入しましたので、チョットした街乗りの時に乗せてもらいましたが、リアが異常に狭かったという記憶があります。


そういえば、先輩のキャロルは4ドアでしたが、当時、軽の4ドアはキャロルだけだったのでは・・・

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昭和の車 3 ホンダN360 [旧車]

スバルと来れば、忘れてならないのは「ホンダN360」です。
1967年(昭和42年)に31万円という低価格で発売され、わずか数ヶ月で軽自動車販売台数のトップに立った伝説の車です。

60060_o.jpg

値段が安いこともありますが、他の軽自動車の出力が20馬力程度の時代にOHC空冷2気筒エンジンで、31馬力、最高速度115キロと、軽自動車の常識を変える程の魅力ある車でした。

近所の金持ちの先輩がセカンドカーとして発売と同時に購入しましたので(ちなみにファーストカーはMGでした)、乗せてもらった記憶があります。

先輩の話ではカーブを曲がる時に曲がりすぎてしまう(オーバーステア気味)と言っていました。

当時では珍しかったFF駆動でしたので、それが理由だったのかなと思いますが、残念ながら自分自身では運転する機会が無かったのでそれ以上のことはわかりませんでしたが、免許を取ったら最初に乗ってみたいと感じた車でした。

最近、近所で見かけた、多分、輸出仕様に製造されたN600だと思います。

DSCF7016r.jpg

普通車のナンバーを付けてます。


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昭和の車 2 スバル360 [旧車]

戦闘機「隼」を製造した中島飛行機が富士産業(現在の富士重工業)と改名し、1958年(昭和33年)に発売したのがスバル360です。

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強制空冷2ストエンジンのRR駆動で、フォルクスワーゲンの日本版ともいえるモノコックボディーは、魅力的な車でした。

当時、親父が富士産業製造のラビットスクーターに乗っていましたので、スバル360発表の時に案内状が来て親父と一緒に工場に行き、試乗させてもらいましたが、爽快な気分でした。

結局、親父は商売を営んでいましたのでスバルではなく、愛知機械のコニーを購入したのですが、その後、小学校の校長先生がスバルを購入しましたので、登下校時に職員室の片隅に駐車しているスバルを毎日眺めていましたが、それから10年以上も生産された息の長い車でした。

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昭和の車 1 ダイハツミゼット [旧車]

マイカーの歴史が昭和から平成に移る前に、番外編として懐かしい車の話をしたいと思います。
まずは、1957年(昭和32年)に発売されたダイハツミゼットです。

miz.JPG

チョット古い話ですが、「続三丁目の夕日」という映画を観ました。

時代としては、昭和34年(映画の中でタバコ屋の横に「祝、美智子妃殿下ご懐妊」という張り紙がありましたので、間違いないと思います)だと思います。

この年に小生は10歳で、映画の中の子供達と同年代でしたので、当時の様子が大変懐かしかったです。

ストーリーは別として、一番懐かしく感じたのは当時の車です。

初代トヨペットやダイハツミゼット、それにスバルなど、路面電車と一緒に車が走っている風景は当時そのままの様でした。

この様なシーンがCGで作られているとの事ですが、ホントに凄いですね!

当時、実家が商売をやっていた関係で商店街が遊び場所でしたので、商売用にミゼットに乗っている店があり、乗せてもらった記憶があります。

当初はハンドルもバーハンドルでオートバイのような感じでしたが、そのうちに丸ハンドルに変わり、なんとなく車らしくなったような気がしました。

当時、テレビで人気のあった大村崑がコマーシャルをしていた事もあって、町のいたる所で見かけたものです。
多分、安くて手軽な車(三輪車)だったんでしょう。

m_DCIM0130.jpg

ちなみに、昔のアルバム探したところ、親父の若い頃の写真が出てきました。

おそらく昭和34、5年だと思いますが、商売用に使っていた車が愛知機械のコニーです。

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後ろがミゼットで、その後ろにチラッと見えているのは良く分かりませんが、多分、歯医者さんが乗っていた車だと思うので乗用車かな?

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マイカーの歴史 7台目はサニーバネットラルゴ [旧車]

トラッドサニーに乗ってわずか1年後の63年、ラルゴに乗り換えました。
やはり6人家族にセダンのサニーは無理でした。

largo.jpg

最初から予想はしていましたが、毎年、夏休みには軽井沢への旅行が我が家の恒例行事となっており、早朝に出発する為、幼子は眠ったままで乗車します。

と言うことで家族6人で小型セダンはやっぱり狭すぎて無理です。
「だから言ったでしょう」という妻の声を背に、トラッドサニーを売った価格でラルゴを購入しました。

当然ながら新車は買えません。2年落ちの中古車ですが、エンジンも2000CCとなり、装備もツインエアコンにサンルーフなどフルスペックで、家族旅行に活躍しました。


この頃はワンボックスも車のジャンルとして完全に確立していましたので、各自動車メーカーからいろいろなワンボックスカーが発売されていましたが、当時、日産を代表するのがラルゴでしょう。
フルフラット回転シートやツインエアコンなど、ワンボックスカーとして完成された車です。

サニーバネットラルゴ 180万円(2年落ちの中古で100万円)。

久しぶりのワゴンですが、装備も揃っているし、便利な車なんですが、でもなぜか運転する楽しみがチョット感じられないのはなぜなんだろう?

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マイカーの歴史 6台目はトラッドサニー [旧車]

昭和61年、5年間乗り続けたワゴン車から、久しぶりに車らしい車に乗りたいなと思い買った車が6代目サニー(B12型)です。
本当は、憧れ続けた車「スカイライン」にしたかったのですが、一家6人の家族構成ではとても手の届く車ではありませんでした。

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サニー発売20周年目という事から、トラッドサニーという愛称で発売されました。
正にファミリーカーの代名詞のような車でしたが、せめてものこだわりはサニーで初めて採用された、1600DOHCエンジン搭載のサニー1600スーパーサルーン・ツインカムです。

外観は他のサニーと変わりませんが、DOHCのサウンドは、やはり違います。

しかし、子供達も幼稚園児から小学校低学年となり、妻が運転する機会も増加するだろうと、初めてオートマ仕様にした為、DOHCらしいエンジンの吹き上がりを殆ど感じる事はありませんでした。
なぜオートマにしちゃったんだろうと後悔しました。


 サニー1600スーパーサルーン・ツインカム 160万円

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マイカーの歴史 5台目はサニーバネット [旧車]

昭和56年、4人目の子供が生まれ家族6人になり、ついにスポーツカーとのお別れです。

ファミリーユースとしてワンボックス車が脚光を浴び始めて来た頃、商用バンとは一味違ったワンボックスワゴンの草分け的な車が日産から発売されました。

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当時、ワンボックスユーザーは商用バンをベースとして、内装に手を加え走る応接室など、ユーザー夫々が思い思いの車に仕上げるというスタイルでしたが、そんな中でフルフラット回転シートやツインクーラー(エアコンではない)、5段変速、カリフォルニアミラーなど、ワンボックスユーザーの希望を叶えた車がバネットGXです。

セダンからの乗換えが増えたのは事実の様で、走り屋をあきらめた時、セダンではなくワゴンを選ぶのは車に対するせめてものコダワリでしょうか。

サニーバネットGX(ツインクーラー付)160万円 。
RX7は泣く泣く友人に譲りましたが、実はこの事が後日、私の車人生にある重大な影響(きっかけ)を与えてくれたんです。

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マイカーの歴史 4台目はRX7 [旧車]

昭和54年、2人目の子供が誕生するという事でセリカLBよりも多少大き目の車に乗り換えようと思い買った車がRX7です。
RX7のどこがLBより大きいのか?LBは一応定員5人ですが、RX7は定員4人。
といっても輸出仕様は元々2シーターでしたが国内販売仕様は2シーターでは認可が下りず、まるでオマケのようなリアシートが着いている状態でしたので、とても大きいとはいえません。
その後フェアレディーZの2+2(ツーバイツー)発売で初めて気がついたのですが、RX7はツーバイツーだったんですね。
実は今度こそスカイラインの4ドアと思っていたのですが、友人にRX3に乗っている奴がいて、試しに借りて乗った時のロータリーフィーリングが忘れられず、「今後、二度とスポーツカーに乗り換えるチャンスはないので、最後にRX7に乗りたい」との願いから妻を拝み倒しました。
当時、脱着式ではありますが、国内最大の開放感が味わえるというサンルーフ付きのSEを購入しました。

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ロータリーエンジンのモターライクな吹き上がりは格別なものでした。

PS:ある時、妻の父と妹が田舎から遊びに来まして、大人4人に幼児2人(2歳と1歳)で観光案内がてらドライブに行ったんですが、さすがに、RX7の狭さが身に沁みました。

ちなみに、助手席に乗っている2歳の息子も今や41歳です。

いあ~、時の流れの速いこと・・・にしても、RX7のスタイルは色あせしてないですね。

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マイカーの歴史 3台目はセリカLB [旧車]

昭和50年(1975)、セリカリフトバックを購入しました。
今回ばかりは大奮発し、2,000ccDOHCエンジンのGTVです。
オプションの8マイルバンパー(8マイル以下の衝突は衝撃吸収してしまうというバンパー)付きです。
ダックテール調のハッチバックスタイルは私のお気に入りでした。
DOHCエンジンも当時マークⅡに載っていた18R-Gの流用で、発売当時は145PSだったと思いますが、その後、あの悪名高き50年排ガス規制の影響をもろに受けた為か、確か135PSという非力な車になってしまったという記憶があります。
それでもDOHCはDOHCなので、実性能よりもDOHCの車に乗ってるという気分が大切でした。

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自動車博物館で再会したので、思わず記念撮影しましたよ。

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当時の月給が10万円くらいで、セリカLB2000GTVが総額130万円くらいだったと思います。よく仲間とツーリングに行きましたが何となく鈍重な感覚で、友人の乗っていたサニー1200GX5の方が何故かキビキビ走っていたような・・・

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マイカーの歴史 2台目はセリカ [旧車]

昭和47年、社会人となり初めて購入した車がトヨタセリカです。1400CCのOHVから1600DOHCまで4種類のエンジンや3種類のミッションなどを自分の好みで組み合わせる事ができる、いわゆる「フルチョイスシステム」が画期的で、エンジンや内装、外装などの仕様を自分で選択できるシステムで、スペシャルティーカーのハシリです。
願わくば最高峰のGTが欲しかったのですが、GTは高嶺の花でとても手が出ず、せめてもの思いで1600STを購入。
今でも根強い人気がある車です。

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当時、月給が6万円だったと思いますが、総額で80万円。有り金を叩いて20万円の頭金を払い、残りの60万円を2年月賦で払いました。世の中高度成長期の時代で、給料が毎年20%くらいアップするなど今では考えられない様な時代でしたが、回りの友人たちが乗っていた車はホンダやスバルの軽自動車か、日産サニーやトヨタカローラといたコンパクトカーでしたが、そもそもセリカを買うこと自体が見栄そのものだった?のかなと思います。
久し振りに自動車博物館で1600GTに逢いましたが、懐かしかったですね。

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100万円くらいの年収で80万円の車を手に入れるなんて、今思えば何とも無謀な夢のような話です。


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