So-net無料ブログ作成

昭和の車 9 スカイライン2 [旧車]

スカイラインといえば、私の記憶の中では3代目です。

ハコスカという愛称で呼ばれますが(多分、当時はハコスカなんて呼んでいなかったのでは?、4代目のケンメリが発売された時に3代目を呼ぶときに使われたのが最初じゃないかなと思うのですが)、その中でも1969年(昭和44年)にS20型エンジン(2000CC、DOHC)を搭載して発売された、GTRが強烈な印象を与えてくれました。

プリンスが日産と合併し、直6のL20型エンジンが搭載され、プリンスらしさを感じなくなっていた時期でしたので、スカイラインが蘇ったという感じがしました。

その後のモータースポーツ界での活躍は凄まじいものでしたし、当時150万円以上したと思いますが、「いつかは買いたい!」という魅力ある車でした。

その後、ケンメリやジャパン等など、スカイラインの歴史は続きますが、R32の登場までスカイラインらしいスカイラインは出てこなかったと思います。

それというのも、やはりスカイラインの魅力はGTRに他ならないからでしょう(ケンメリ時代のGTRはあまりにも短命で論外)。

GTRの存在こそが、スカイラインの魅力なんですから。それにしても、ハコスカを超えるスカイラインは未だに現れませんね!

写真はGTXです。

Skyline2000gt-x.jpg

僅か数百台しか製造されなかったケンメリスカイラインです。

GT-RC110.jpg

ケンメリといえばブルーのイメージなんですが、真っ赤なGTRもカッコ良いですね。

純正のタイヤは鉄チンに扁平率70だったと思いますが、オーバーフェンダーの内側にカワイク収まっている姿は妙な感じです。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 8 プリンススカイライン [旧車]

 GTカーといえば、マイカーの歴史の中でこの車抜きでは何も語れません。
といっても、現在に至るまでスカイラインを買いたいという衝動は幾度も経験していますが、実は一度もこの車のオーナーになったことはありません。

そんな車がスカイラインです。

Prince_Skyline_S50_1500_Deluxe_001.jpg

1957年(昭和32年)、当時の富士精密工業から発売されたALSI-1型がスカイラインの初代とのことですが、この車は全く記憶に残っていません。

スカイラインの名を世に示したのは2代目のS50型です。

1964年の第2回日本グランプリで生沢徹がドライブするスカイラインGTが一瞬ではあったものの、世界のポルシェを追い抜きトップを走ったという伝説を作った車です。

モータースポーツ界で世界から大きく遅れていた日本の中で新しい時代を感じた瞬間だと思います。
意味も分からずスカイラインGTAとかGTBとか、友人との話の中で大いに盛り上がりましたが、車自体を目の当たりにすることはありませんでした。

写真の車は2代目です。


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 7 ダットサンフェアレディー [旧車]

トヨタ2000GTの話から、話題が憧れの車になってしまいましたが、憧れの車の中でもツーシータースポーツとして、フェアレディーは外せない車でしょう。

SPL212.jpg

1958年(昭和33年)の東京モーターショーに出品されたので、正に「三丁目の夕日」時代の車です。
1959年から生産開始なんですが、何故かこの時代は記憶に残っていません。
フェアレディの名前が私の記憶に残されたのは、1963年(昭和38年)の第1回日本グランプリで優勝(国内クラス)したことです。
1969年のフェアレディZ発売までの間、モンテカルロラリーや日本グランプリGTクラスなど、モータースポーツ界で活躍しました。
でも何故か、私の記憶の中ではフェアレディのイメージが薄い感じです。
いろいろ活躍した話はありますが、その割には、鮮烈なインパクトの少ない車だったという感じです。

鮮烈なインパクトを与えてくれたのは、1969年にデビューした、フェアレディーZ ですね

低い車高とロングノーズが、何となくトヨタ2000GTをイメージさせて、如何にもスポーツカーらしいスタイルがカッコ良かったです。但し、エンジン性能的には直6のひ弱な感じでしたが、何と言っても最大の魅力は、価格が安かった、って事ですね。

もちろん、稼ぎの少ない庶民には高値の花ですが、それでも、チョット無理をすれば手が届きそうな車で、テレビで盛んにCM流してましたよ。 
今は亡き、ロイ・ジェームスが「Z:ジー」って、カッコ良く発音してましたよ。

その後、DOHCのZ432が発売されましたが、これは値段が倍に跳ね上がって、超高額な車となってしまいました。

1973年頃に、後輩がZ240もどきに乗ってましたが、いあ~、見た目とは違って実に鈍重な走りでした。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 6 トヨタ2000GT [旧車]

伝説の車、トヨタ2000GTです。正に憧れの車です。

60730-01_o.jpg

最初に2000GTを知ったのは、同級生の友達の家に遊びに行った時、彼のお兄さんが持っていた雑誌に2000GTの写真が掲載されていたのを見ました。

当時、スポーツカーといえば、ポルシェやジャガーなどヨーロッパの車と決まっていましたので、正直、これが日本の車か!と、すごい衝撃を受けました。

その後、実車を見たのはそれから20年後、近所の販売店のショールームでした。

200台程度しか発売されておらず、今では、都会で一軒家が買えるほどの値段で取引きされている幻の車です。

それにしてもカッコイイですね(ジャガーEタイプにチョット似ているような気がします)。
今でもスーパーGTカーとして十分通用するスタイルだと思います。

当時、トヨタの専属ドライバーだった福沢幸雄(福沢諭吉の曾孫)がドライブしている映像が今でも瞼に浮かびます。

数年前、ドライブ先のトヨタの販売店で2000GTと遭遇しました。

DSCF4562.jpg

早速、記念撮影させてもらいましたが、今見てもカッコイイ車ですね。

今どき、2000GTのような伝説の車って、何かありますか?

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 5 日野コンテッサ [旧車]

昭和の車として、軽自動車ばかりを紹介してましたが、小学生のころ、毎日のように眺めていた車を紹介します。

フランスのルノー社のライセンス生産をしていた日野ルノー(4CV:フォルクスワーゲン似の車)の経験を活かし、1961年(昭和36年)に発売したのが、日野コンテッサ900です。

当時、近所のタクシー会社で日野ルノー(タクシ-として使われていた)を見ていましたので、コンテンサ900の発売を知っていましたが、日野コンテッサに興味を抱いたのはそれから3年後の1964年にイタリアの著名なデザイナーであるミケロッティーがデザインした、コンテッサ1300です。

contessa.jpg

近所の原っぱが整地され新しい団地(当時、文化住宅と呼ばれていましたが、今やこの言葉を知っている人はごく僅かでしょうね)が出来、そこに越してきたある家の前に真赤なコンテッサ1300がとまっており、時々、その家の父親と息子さんが仲良く洗車している情景を垣間見て、羨ましく思ったものです。

結局、日野が国内で発売した、最初で最後の乗用車がコンテッサということですね。

ちなみに、当時、私が感じた文化住宅とは、「風呂がある」、「台所が家の中(土間ではない)にあり、レンジ(カマドではなく石油ガス式のレンジ台)がある」でした。

よく遊びに行った友人宅には今で云う「リビングとダイニングキッチン」があり、居間も食堂も寝室も兼用であった我が家に比べ、憧れの的でした。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車