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匝瑳(そうさ)市の旧車祭り [旧車]

ドライブの途中、匝瑳市の公園で開催されているのに遭遇しました。

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昭和の懐かしい車が集合してましたよ。

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 広場では、バンド演奏なんかやっていて、屋台もあって、お子様連れの参加者が多かったです。

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匝瑳市のイベントらしいので、盛り上がってましたよ。

袖ケ浦でも もやれるとイイですね。

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昭和の車 10 マツダコスモスポーツ [旧車]

憧れの車と言えば、1967年(昭和42年)、東洋工業(現マツダ)から国産初のロータリーエンジン搭載車として発売された、コスモスポーツも忘れることは出来ません。

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当時、東洋工業は、エンジン的にもボディー的にも特に魅力のある車が無いどちらかと言うと二流の自動車メーカーだったので、技術的な突破口として、ロータリーエンジンの開発に係わったのかなと思います。

当時、小生はエンジニアを志向していましたので、既にロータリーエンジンの存在は知っていました。そして、その独創的で合理的な構造のエンジンが実際に実用化され、国内で市販されるという事で、東洋工業、良くやった!という感じでした。

という訳で、当時は羨望の的にすぎなかった車ですが、ヒョンな事から、オークションでボロボロのコスモスポーツを入手し、約2年を費やしてレストアしました。

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その後、レストアしたコスモスポーツは友人に譲渡しました。

 その車は、専門ショップで完全レストアされて、今は展示会等でも目立った車になってますよ。



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昭和の車 9 スカイライン2 [旧車]

スカイラインといえば、私の記憶の中では3代目です。

ハコスカという愛称で呼ばれますが(多分、当時はハコスカなんて呼んでいなかったのでは?、4代目のケンメリが発売された時に3代目を呼ぶときに使われたのが最初じゃないかなと思うのですが)、その中でも1969年(昭和44年)にS20型エンジン(2000CC、DOHC)を搭載して発売された、GTRが強烈な印象を与えてくれました。

プリンスが日産と合併し、直6のL20型エンジンが搭載され、プリンスらしさを感じなくなっていた時期でしたので、スカイラインが蘇ったという感じがしました。

その後のモータースポーツ界での活躍は凄まじいものでしたし、当時150万円以上したと思いますが、「いつかは買いたい!」という魅力ある車でした。

その後、ケンメリやジャパン等など、スカイラインの歴史は続きますが、R32の登場までスカイラインらしいスカイラインは出てこなかったと思います。

それというのも、やはりスカイラインの魅力はGTRに他ならないからでしょう(ケンメリ時代のGTRはあまりにも短命で論外)。

GTRの存在こそが、スカイラインの魅力なんですから。それにしても、ハコスカを超えるスカイラインは未だに現れませんね!

写真はGTXです。

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僅か数百台しか製造されなかったケンメリスカイラインです。

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ケンメリといえばブルーのイメージなんですが、真っ赤なGTRもカッコ良いですね。

純正のタイヤは鉄チンに扁平率70だったと思いますが、オーバーフェンダーの内側にカワイク収まっている姿は妙な感じです。


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昭和の車 8 プリンススカイライン [旧車]

 GTカーといえば、マイカーの歴史の中でこの車抜きでは何も語れません。
といっても、現在に至るまでスカイラインを買いたいという衝動は幾度も経験していますが、実は一度もこの車のオーナーになったことはありません。

そんな車がスカイラインです。

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1957年(昭和32年)、当時の富士精密工業から発売されたALSI-1型がスカイラインの初代とのことですが、この車は全く記憶に残っていません。

スカイラインの名を世に示したのは2代目のS50型です。

1964年の第2回日本グランプリで生沢徹がドライブするスカイラインGTが一瞬ではあったものの、世界のポルシェを追い抜きトップを走ったという伝説を作った車です。

モータースポーツ界で世界から大きく遅れていた日本の中で新しい時代を感じた瞬間だと思います。
意味も分からずスカイラインGTAとかGTBとか、友人との話の中で大いに盛り上がりましたが、車自体を目の当たりにすることはありませんでした。

写真の車は2代目です。


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昭和の車 7 ダットサンフェアレディー [旧車]

トヨタ2000GTの話から、話題が憧れの車になってしまいましたが、憧れの車の中でもツーシータースポーツとして、フェアレディーは外せない車でしょう。

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1958年(昭和33年)の東京モーターショーに出品されたので、正に「三丁目の夕日」時代の車です。
1959年から生産開始なんですが、何故かこの時代は記憶に残っていません。
フェアレディの名前が私の記憶に残されたのは、1963年(昭和38年)の第1回日本グランプリで優勝(国内クラス)したことです。
1969年のフェアレディZ発売までの間、モンテカルロラリーや日本グランプリGTクラスなど、モータースポーツ界で活躍しました。
でも何故か、私の記憶の中ではフェアレディのイメージが薄い感じです。
いろいろ活躍した話はありますが、その割には、鮮烈なインパクトの少ない車だったという感じです。

鮮烈なインパクトを与えてくれたのは、1969年にデビューした、フェアレディーZ ですね

低い車高とロングノーズが、何となくトヨタ2000GTをイメージさせて、如何にもスポーツカーらしいスタイルがカッコ良かったです。但し、エンジン性能的には直6のひ弱な感じでしたが、何と言っても最大の魅力は、価格が安かった、って事ですね。

もちろん、稼ぎの少ない庶民には高値の花ですが、それでも、チョット無理をすれば手が届きそうな車で、テレビで盛んにCM流してましたよ。 
今は亡き、ロイ・ジェームスが「Z:ジー」って、カッコ良く発音してましたよ。

その後、DOHCのZ432が発売されましたが、これは値段が倍に跳ね上がって、超高額な車となってしまいました。

1973年頃に、後輩がZ240もどきに乗ってましたが、いあ~、見た目とは違って実に鈍重な走りでした。


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昭和の車 6 トヨタ2000GT [旧車]

伝説の車、トヨタ2000GTです。正に憧れの車です。

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最初に2000GTを知ったのは、同級生の友達の家に遊びに行った時、彼のお兄さんが持っていた雑誌に2000GTの写真が掲載されていたのを見ました。

当時、スポーツカーといえば、ポルシェやジャガーなどヨーロッパの車と決まっていましたので、正直、これが日本の車か!と、すごい衝撃を受けました。

その後、実車を見たのはそれから20年後、近所の販売店のショールームでした。

200台程度しか発売されておらず、今では、都会で一軒家が買えるほどの値段で取引きされている幻の車です。

それにしてもカッコイイですね(ジャガーEタイプにチョット似ているような気がします)。
今でもスーパーGTカーとして十分通用するスタイルだと思います。

当時、トヨタの専属ドライバーだった福沢幸雄(福沢諭吉の曾孫)がドライブしている映像が今でも瞼に浮かびます。

数年前、ドライブ先のトヨタの販売店で2000GTと遭遇しました。

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早速、記念撮影させてもらいましたが、今見てもカッコイイ車ですね。

今どき、2000GTのような伝説の車って、何かありますか?

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昭和の車 5 日野コンテッサ [旧車]

昭和の車として、軽自動車ばかりを紹介してましたが、小学生のころ、毎日のように眺めていた車を紹介します。

フランスのルノー社のライセンス生産をしていた日野ルノー(4CV:フォルクスワーゲン似の車)の経験を活かし、1961年(昭和36年)に発売したのが、日野コンテッサ900です。

当時、近所のタクシー会社で日野ルノー(タクシ-として使われていた)を見ていましたので、コンテンサ900の発売を知っていましたが、日野コンテッサに興味を抱いたのはそれから3年後の1964年にイタリアの著名なデザイナーであるミケロッティーがデザインした、コンテッサ1300です。

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近所の原っぱが整地され新しい団地(当時、文化住宅と呼ばれていましたが、今やこの言葉を知っている人はごく僅かでしょうね)が出来、そこに越してきたある家の前に真赤なコンテッサ1300がとまっており、時々、その家の父親と息子さんが仲良く洗車している情景を垣間見て、羨ましく思ったものです。

結局、日野が国内で発売した、最初で最後の乗用車がコンテッサということですね。

ちなみに、当時、私が感じた文化住宅とは、「風呂がある」、「台所が家の中(土間ではない)にあり、レンジ(カマドではなく石油ガス式のレンジ台)がある」でした。

よく遊びに行った友人宅には今で云う「リビングとダイニングキッチン」があり、居間も食堂も寝室も兼用であった我が家に比べ、憧れの的でした。

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昭和の車 4 マツダキャロル [旧車]

 当時、福岡市に住んでいた事もあり、東洋工業(広島県)のキャロルも結構、町で見かけました。確か、車体価格は生産工場からの距離に応じて上下していたので、東洋工業の車はトヨタや日産に比べ、割安感がありましたね。


1962年(昭和37年)に発売され、確か4サイクル水冷エンジンの直4で、他の軽自動車が2気筒空冷2サイクルが多い中で、水冷直4はキャロルだけだったと思います。

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外観的にはリアの形状が独特で(たしかクリフカットと表現されていた?)、「ぜっぺき頭」と云われていました。


この車には中々乗る機会が無かったのですが、それから5年後の昭和42年に先輩がキャロルの中古車を購入しましたので、チョットした街乗りの時に乗せてもらいましたが、リアが異常に狭かったという記憶があります。


そういえば、先輩のキャロルは4ドアでしたが、当時、軽の4ドアはキャロルだけだったのでは・・・

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昭和の車 3 ホンダN360 [旧車]

スバルと来れば、忘れてならないのは「ホンダN360」です。
1967年(昭和42年)に31万円という低価格で発売され、わずか数ヶ月で軽自動車販売台数のトップに立った伝説の車です。

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値段が安いこともありますが、他の軽自動車の出力が20馬力程度の時代にOHC空冷2気筒エンジンで、31馬力、最高速度115キロと、軽自動車の常識を変える程の魅力ある車でした。

近所の金持ちの先輩がセカンドカーとして発売と同時に購入しましたので(ちなみにファーストカーはMGでした)、乗せてもらった記憶があります。

先輩の話ではカーブを曲がる時に曲がりすぎてしまう(オーバーステア気味)と言っていました。

当時では珍しかったFF駆動でしたので、それが理由だったのかなと思いますが、残念ながら自分自身では運転する機会が無かったのでそれ以上のことはわかりませんでしたが、免許を取ったら最初に乗ってみたいと感じた車でした。

最近、近所で見かけた、多分、輸出仕様に製造されたN600だと思います。

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普通車のナンバーを付けてます。


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昭和の車 2 スバル360 [旧車]

戦闘機「隼」を製造した中島飛行機が富士産業(現在の富士重工業)と改名し、1958年(昭和33年)に発売したのがスバル360です。

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強制空冷2ストエンジンのRR駆動で、フォルクスワーゲンの日本版ともいえるモノコックボディーは、魅力的な車でした。

当時、親父が富士産業製造のラビットスクーターに乗っていましたので、スバル360発表の時に案内状が来て親父と一緒に工場に行き、試乗させてもらいましたが、爽快な気分でした。

結局、親父は商売を営んでいましたのでスバルではなく、愛知機械のコニーを購入したのですが、その後、小学校の校長先生がスバルを購入しましたので、登下校時に職員室の片隅に駐車しているスバルを毎日眺めていましたが、それから10年以上も生産された息の長い車でした。

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