So-net無料ブログ作成

マイカーの歴史 番外編2 RX7FC [クラシックカー]

ハチロクの次はRX7の2代目FCです。以前、乗っていたSA22(初代RX7)を十分に堪能できないまま手放してしまったという思いもあって、ロータリーフィーリングよ今一度との思いからオークションで手に入れました。

fc.jpg

1990年(H2年)のマイナーチェンジした後のFCですが、購入時、既に15年過ぎていましたが走行距離は3万キロと奇跡的なほどの低走行車でした。
前オーナーがセカンドカーとして保有していた車で、車庫で眠っている時間が長かった様です。
13BのNAエンジンですが、さすがにモーターライクなロータリーフィーリングは一度味わったら忘れられない感覚です。

そういえば、行きつけの歯科医院の先生から、FCを見て、「昔、学生時代に、86を買おうか、FCを買おうか、迷いましたが、結局、86を買いました。もちろん中古ですが。」という話を聞かされましたが、前回紹介した86と今回紹介したFCは、スポーツマインドを手軽に味わえる車の代表格だと思います。

fc31.jpg

 ちなみに、当時は装備されていなかった、ウィングに「LEDのストップランプ」を埋め込みましたよ。

 今では、当然の様に装備されている「ハイマウントストップランプ」ですが、いつごろ採用されたんでしょうね?

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

マイカーの歴史 番外編1 86 [クラシックカー]

「マイカーの歴史」もいよいよ終盤に差し掛かりましたが、ココからは、昔、気になっていたけど乗ることが出来なかった車を、実際にオークション等で入手し乗って確認した車や、家族が乗っていた車を紹介します。

旧車という程レトロな車ではありませんが、運転する楽しさと同時にレストアする楽しさが共存しています。

その第一弾として、1983年(昭和58年)のスプリンタートレノAE86、いわゆるハチロクを紹介します。

f86.jpg

直4DOHC、1600ccの4A-GEエンジンはグロス130PS(後にスパーチャージャ付きで170PSがでました)です。

元々、初代ではカローラレビンでしたが、確か2代目からカローラレビンとスプリンタートレノの姉妹車になったと思います。それが、ドリキンで名高い土屋圭市がかつてAE86を駆って、モータースポーツ界で活躍した頃から、ハチロクと言えばスプリンタートレノみたいな感じになりましたね。チューンナップパーツが多い事や最後のFRという事もあって、今でも人気があります。

半年ほど乗りましたが、小気味良いエンジン音は乗り手を虜にするだけの魅力ある車ですね。シャコタンがホントに似合う車です。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

マイカーの歴史 10台目はオデッセイ [クラシックカー]

2004年(平成16年)、マイカーの歴史でも最長の9年間、乗ってきたデリカと別れ、購入した車がオデッセイRB1です。
1994年に初代が発売され脚光を浴びましたが、顔つきがイマイチ好きになれない車でした。それが3代目のRB1は顔つきも結構気に入り、当時TVのCMで放映されていたアメジスト…という色のアブソリュートを購入しました。

od.jpg

HDDナビやカードキー、ETCなど当然といったオプションに加え、電動格納式の3列シートなどチョット贅沢(無駄?)なオプションも付けちゃいました(結果的に殆ど活躍する機会はありませんが)。
加速時など、L直4DOHC-iVTEC 200PSエンジンの吹き上がりの良さを感じますが、何とアクセルがふわふわなことか!30年の時を経てファミリーユースなワンボックスからスポーティーワゴンに乗り換えた筈なのに、近頃の車はこんなもんですか?という感じです(オデッセイのファンには申し訳ありませんが)。

それでも、二人の娘は大喜び。友達同士のスキーや温泉旅行に大活躍です。
運転も楽でスポーティードライブにはもってこいの車です。

そういえば、一度だけ6人で旅行する事があり、3列シートを使いましたが、荷物スペースが殆ど無くなってしまい、荷物を座席の間に置いたりして大変でした。
3列シートはチョイ乗りには使えますが、荷物の多い旅行なんかには、使えませんね。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

マイカーの歴史 9台目は三菱デリカ [クラシックカー]

1995年(平成7年)、5年間乗ったマスターエースを手放して購入したのが、三菱デリカスペースギア(ジャスパー仕様)です。

初めての三菱車で、初めての4駆です。                          
実は前々から4駆は気になってまして、本当はパリーダカールラリーで名高いパジェロと思っていましたが、当時、義母が車椅子生活でしたので、家族ニーズを考えるとスペースギアを選択せざるを得ないという事になりました。

delica.jpg

ルーフキャリアーと組み合わせた簡易テント(何ていう名前でしたっけ?)が標準でついてました。
ちょうど子供たちも成長し免許を取得した時でしたので、スキーや長距離ドライブに大活躍。結果的に、パジェロにしなくて良かった。


これまで月に千キロ程度の走行距離でしたが、この車が来てからは月に3千キロも走る事がありました。

砂浜や雪上、雨降りの道路など、さすがに4駆は便利です。もっと早く4駆にしておけば良かったと思いましたね。

ちなみに、当初スペースギアは2800ccのディーゼルターボにしたのですが、「ディーゼル規制で関東では車検が取れなくなりますよ」との話を鵜呑みにした為、その後、3000ccのガソリン仕様に入れ替えました。

delica2.JPG


  結果的に、近所の陸運局では今でも車検OKなんですよね。 いあ~、損した!

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

マイカーの歴史 8台目はトヨタ マスターエース [クラシックカー]

番外編から久しぶりに本編に戻ってきました。

1990年(平成2年)に購入したのがトヨタマスターエースサーフです。
前に乗っていた日産ラルゴはいろいろと活躍してくれましたが、中古車の悲しさか、あちこちに痛み出て、特にラジエターの水洩れが発生した為、思い切って買い換えました。
といっても、家族構成上、使い勝手優先という事で今回もワゴン車です。

ace.jpg

マスターエースは当時トヨタ店で取り扱っていた車で、カローラ店で取り扱っていたタウンエースと姉妹車です。基本的に殆ど同じ仕様なんですが、トヨタのシンボルカーであるクラウンと同じトヨタ店が取り扱っている車という事で、セカンドシートがタウンエースよりもチョッピリ豪華であったり、タウンエースではオプションとなっている電子制御式のサスペンション(TEMS)が標準だったりと、僅かではありますが、豪華さを印象付ける仕様となっていました。
特にフロントのバンパーが「いかりや長介」の唇のように出っ張った風貌が特徴的でした。

当時、小型ワンボックスカーとして、トヨタのタウンエース又はマスターエースと日産ラルゴとが人気を二分していましたが、機能性や装備面での有意差は殆どなくて、トヨタが好きか日産が好きかといった判断基準で選ばれていたと思います。

前の車のラルゴと同様、家族旅行や少年野球の応援などに、ワゴン車なりに大活躍してくれました。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 10 マツダコスモスポーツ [旧車]

憧れの車と言えば、1967年(昭和42年)、東洋工業(現マツダ)から国産初のロータリーエンジン搭載車として発売された、コスモスポーツも忘れることは出来ません。

60260-01_o.jpg

当時、東洋工業は、エンジン的にもボディー的にも特に魅力のある車が無いどちらかと言うと二流の自動車メーカーだったので、技術的な突破口として、ロータリーエンジンの開発に係わったのかなと思います。

当時、小生はエンジニアを志向していましたので、既にロータリーエンジンの存在は知っていました。そして、その独創的で合理的な構造のエンジンが実際に実用化され、国内で市販されるという事で、東洋工業、良くやった!という感じでした。

という訳で、当時は羨望の的にすぎなかった車ですが、ヒョンな事から、オークションでボロボロのコスモスポーツを入手し、約2年を費やしてレストアしました。

cosmo001.jpg


cosmo904.jpg


その後、レストアしたコスモスポーツは友人に譲渡しました。

 その車は、専門ショップで完全レストアされて、今は展示会等でも目立った車になってますよ。



nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 9 スカイライン2 [旧車]

スカイラインといえば、私の記憶の中では3代目です。

ハコスカという愛称で呼ばれますが(多分、当時はハコスカなんて呼んでいなかったのでは?、4代目のケンメリが発売された時に3代目を呼ぶときに使われたのが最初じゃないかなと思うのですが)、その中でも1969年(昭和44年)にS20型エンジン(2000CC、DOHC)を搭載して発売された、GTRが強烈な印象を与えてくれました。

プリンスが日産と合併し、直6のL20型エンジンが搭載され、プリンスらしさを感じなくなっていた時期でしたので、スカイラインが蘇ったという感じがしました。

その後のモータースポーツ界での活躍は凄まじいものでしたし、当時150万円以上したと思いますが、「いつかは買いたい!」という魅力ある車でした。

その後、ケンメリやジャパン等など、スカイラインの歴史は続きますが、R32の登場までスカイラインらしいスカイラインは出てこなかったと思います。

それというのも、やはりスカイラインの魅力はGTRに他ならないからでしょう(ケンメリ時代のGTRはあまりにも短命で論外)。

GTRの存在こそが、スカイラインの魅力なんですから。それにしても、ハコスカを超えるスカイラインは未だに現れませんね!

写真はGTXです。

Skyline2000gt-x.jpg

僅か数百台しか製造されなかったケンメリスカイラインです。

GT-RC110.jpg

ケンメリといえばブルーのイメージなんですが、真っ赤なGTRもカッコ良いですね。

純正のタイヤは鉄チンに扁平率70だったと思いますが、オーバーフェンダーの内側にカワイク収まっている姿は妙な感じです。


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 8 プリンススカイライン [旧車]

 GTカーといえば、マイカーの歴史の中でこの車抜きでは何も語れません。
といっても、現在に至るまでスカイラインを買いたいという衝動は幾度も経験していますが、実は一度もこの車のオーナーになったことはありません。

そんな車がスカイラインです。

Prince_Skyline_S50_1500_Deluxe_001.jpg

1957年(昭和32年)、当時の富士精密工業から発売されたALSI-1型がスカイラインの初代とのことですが、この車は全く記憶に残っていません。

スカイラインの名を世に示したのは2代目のS50型です。

1964年の第2回日本グランプリで生沢徹がドライブするスカイラインGTが一瞬ではあったものの、世界のポルシェを追い抜きトップを走ったという伝説を作った車です。

モータースポーツ界で世界から大きく遅れていた日本の中で新しい時代を感じた瞬間だと思います。
意味も分からずスカイラインGTAとかGTBとか、友人との話の中で大いに盛り上がりましたが、車自体を目の当たりにすることはありませんでした。

写真の車は2代目です。


nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 7 ダットサンフェアレディー [旧車]

トヨタ2000GTの話から、話題が憧れの車になってしまいましたが、憧れの車の中でもツーシータースポーツとして、フェアレディーは外せない車でしょう。

SPL212.jpg

1958年(昭和33年)の東京モーターショーに出品されたので、正に「三丁目の夕日」時代の車です。
1959年から生産開始なんですが、何故かこの時代は記憶に残っていません。
フェアレディの名前が私の記憶に残されたのは、1963年(昭和38年)の第1回日本グランプリで優勝(国内クラス)したことです。
1969年のフェアレディZ発売までの間、モンテカルロラリーや日本グランプリGTクラスなど、モータースポーツ界で活躍しました。
でも何故か、私の記憶の中ではフェアレディのイメージが薄い感じです。
いろいろ活躍した話はありますが、その割には、鮮烈なインパクトの少ない車だったという感じです。

鮮烈なインパクトを与えてくれたのは、1969年にデビューした、フェアレディーZ ですね

低い車高とロングノーズが、何となくトヨタ2000GTをイメージさせて、如何にもスポーツカーらしいスタイルがカッコ良かったです。但し、エンジン性能的には直6のひ弱な感じでしたが、何と言っても最大の魅力は、価格が安かった、って事ですね。

もちろん、稼ぎの少ない庶民には高値の花ですが、それでも、チョット無理をすれば手が届きそうな車で、テレビで盛んにCM流してましたよ。 
今は亡き、ロイ・ジェームスが「Z:ジー」って、カッコ良く発音してましたよ。

その後、DOHCのZ432が発売されましたが、これは値段が倍に跳ね上がって、超高額な車となってしまいました。

1973年頃に、後輩がZ240もどきに乗ってましたが、いあ~、見た目とは違って実に鈍重な走りでした。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車

昭和の車 6 トヨタ2000GT [旧車]

伝説の車、トヨタ2000GTです。正に憧れの車です。

60730-01_o.jpg

最初に2000GTを知ったのは、同級生の友達の家に遊びに行った時、彼のお兄さんが持っていた雑誌に2000GTの写真が掲載されていたのを見ました。

当時、スポーツカーといえば、ポルシェやジャガーなどヨーロッパの車と決まっていましたので、正直、これが日本の車か!と、すごい衝撃を受けました。

その後、実車を見たのはそれから20年後、近所の販売店のショールームでした。

200台程度しか発売されておらず、今では、都会で一軒家が買えるほどの値段で取引きされている幻の車です。

それにしてもカッコイイですね(ジャガーEタイプにチョット似ているような気がします)。
今でもスーパーGTカーとして十分通用するスタイルだと思います。

当時、トヨタの専属ドライバーだった福沢幸雄(福沢諭吉の曾孫)がドライブしている映像が今でも瞼に浮かびます。

数年前、ドライブ先のトヨタの販売店で2000GTと遭遇しました。

DSCF4562.jpg

早速、記念撮影させてもらいましたが、今見てもカッコイイ車ですね。

今どき、2000GTのような伝説の車って、何かありますか?

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:自動車